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スズキニーマルサン と読みます
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毎日毎日、
自分のやっていることの意味を問い続けている。











こちらに引っ越してきてかれこれ、半年。
一年の はんぶん。
それが自分にとって長いのか短いのか、そういうことにはもう、
どうでもよくなってきている。






枝ばかりが目についた木々には、葉がわさわさと生え
むき出しの荒野には、沢山の雑草がもりもりと育ち
様々な緑が 絶妙なグラデーションをもって
ここで起きた 大きな出来事を 優しく 静かに 覆っていく。

吹く風は、ほとんど変わらずつよいけれど
しっとりとしたあたたかみを含んでいる。






「さおりちゃんさあ、
 まずは試しに3ヶ月 とか決めて
 それから もう少し居られるかどうか 考える、
 みたいにしたほうが いいんじゃない」


今年2月の終わり、最初の下見のときに
ここで すでに3ヶ月活動してきたMくんに 言われた言葉。
まだあたりには 雪が土と混じって 頑なにそこにある、
寒い寒いころのことだった。





これを聞いて 正直なところ 私のきもちは かなり 萎縮した。
この決心によって 待ち受けるさまざまな事が決まる。
それがさっきの一言に すべて 表わされているような気がしたので。




そして彼の指摘は
けっこう 的を得ていたのかもしれない と、今では思う。







こちらの状況は(私がどれだけのことに気づけているかは別にして)
複雑で、繊細で、日々せわしなく変動しているような気がする。

人間関係、ひとりひとりの思い、そこからにじみでるニーズ など など
それらの小さな小さな変化が とても重要で
ぽけぽけしていると あっというまに 見逃してしまう。

状況によって 私たちも トランスフォームしていかなければならない。

彼の指摘は、住んで過ごして
自分がやろうとしていることは 必要か 不要か、
改めて 見極めろということだったのかもしれない と思う。




とある人は言った。

「本当にここに居る人たちを想っている外部の団体は、もう撤退してる」









最近とくに、自分で自分を危険だなあと思うのは、
自分がやっていることを
ネガティブな方向でしか 捉えられないときがあること。

来なかった方がよかったのかもしれない、そう思うことは、
間々ある。
もちろん、それだけでもない。


思うことはいろいろとある。



実をいうと 少し前から
文化や芸術で復興支援なんてできない
というのは自分のなかに芽生えてきていて。




アートで癒し 
とか もうほんと信じていない。



アートは癒しのためにあるんじゃないよ。
たまたま癒された って感じた人がいたね というだけ。



だからこそ私は、本気でアートをしたいって思う。
いいもわるいも
きれいもどろどろも受け止められる。


それをちゃんと「日常」のなかで 続けていく。
もうここを特別視するのは やめたい。
























今、私はだいぶ自信をなくしてる。

でもこれは誰に助けてもらうものでもなく
自分自身で向き合い、答えを探していくものなのだろう。




自分の「いい」を信じる、
それを 言い聞かせながら 

私はここに居る。



















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プロフィール
HN:
cojicoji & みずの
性別:
女性
自己紹介:
2007年9月から2008年3月まで
不定期でオープンした「suzuki203」。
サロン風に、cojicojiとみずのの自宅スペースを開放し、
ゆるいおもてなしと企画を用意して
みんなで有機的な時間の共有を試みる。


2008年4月より、
cojicojiとみずのはそれぞれの道を歩むこととなり別々の場所へ。


いつかもう一度
「suzuki203」なる場所で会えるときまでここで・・・。




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